1. なぜ今、診療報酬で「お金」の仕組みが変わるのか?
今回の改定は、単なる「点数の微増」ではありません。医療現場が直面している「人手不足」と「コスト高騰」という2つの存亡の危機を乗り越えるための、国による緊急救済策です。
2040年に向けた危機感:働き手が消える時代の生存戦略
日本の生産年齢人口は、2040年には現在から約1,100万人も急減すると予測されています。医療・福祉分野で必要な人材を確保することは、これまで以上に困難になります。現場の看護職員への調査でも、働き続ける条件として「人間関係」と同等、あるいはそれ以上に「賃金」や「休みの取りやすさ」が重視されています。
現場の悲鳴:利益ではなく「下支え」のためのプラス
現在、電気代や材料費の高騰がクリニック経営を激しく圧迫しています。今回のプラス改定は、経営者の利益を増やすためのものではありません。増大した「コスト」と「人件費」を補填し、現場を維持することが真の目的です。
💡 コンサルタントの視点 1,100万人の働き手が消える世界において、これらの評価料を適切に活用し、待遇改善を行わないクリニックは、採用市場で完全に淘汰されます。今回の改定への対応は、単なる事務手続きではなく、「クリニックが生き残るための投資」なのです。
2. 医療現場を守る「2つの柱」:賃上げと物価対応の比較
今回の改定では、「人(スタッフ)」への対策と「モノ(運営コスト)」への対策が、明確に別々の仕組みで用意されました。
| 比較項目 | 【柱①】ベースアップ評価料 | 【柱②】物価対応料 |
| 主な目的 | 医療従事者の賃上げ・処遇改善 | 光熱費・材料費・委託費の補填 |
| 対象 | 「人」(全スタッフの給与) | 「モノ・コスト」(運営費) |
| 届出の有無 | 必要(賃金改善計画書等の提出) | 不要(自動的に算定可能) |
| 点数の特徴 | 2027年に向けて大幅に増額 | 幅広いクリニックが一律算定 |
| 経営上の意義 | 採用力・定着力の強化 | 経営の安定化・赤字回避 |
3. 【柱①:人への投資】ベースアップ評価料の劇的な進化
「ベースアップ評価料」は、スタッフの給料を直接引き上げるための強力な武器です。2026年、2027年と段階的に強化されるスケジュールが組まれています。
2027年に向けた「2段階」の引き上げ
今回の改定は、2026年6月を「準備の年」、2027年6月を「実現の年」とする2段階設計です。2027年には、点数が2026年時の概ね2倍にまで跳ね上がります。これは国が「2年間で合計2.3%の賃上げ」を確実に実現させようとしている強い意志の現れです。
全職種が対象に
これまで対象外だった「事務職員」を含む、原則すべてのクリニックスタッフが対象となりました。チーム医療を支える全員の処遇改善が可能になっています。
具体的な点数の推移(医科:外来・在宅ベースアップ評価料I)
算定点数は以下のように推移します。なお、カッコ内の数字はスタッフ配置が厚いクリニックなどが算定できる「さらなる上乗せ(アップサイド)」の点数です。
| 区分 | 現行 | 2026年6月〜 | 2027年6月〜 |
| 初診時 | 6点 | 17点 (23点) | 34点 (40点) |
| 再診時 | 2点 | 4点 (6点) | 8点 (10点) |
| 訪問診療(同一建物以外) | 28点 | 79点 (107点) | 158点 (186点) |
| 訪問診療(同一建物内) | 7点 | 19点 (26点) | 38点 (45点) |
4. 【柱②:コストの支え】新設「物価対応料」の仕組み
給与だけでなく、日々高騰する運営コストを支えるために「物価対応料」が新設されました。
届出不要で算定可能
最大の特徴は、**「事前の届出が不要」**である点です。煩雑な手続きなしに、幅広いクリニックで日々の診療に合わせて算定できます。
算定点数(医科:外来・在宅物価対応料)
- 初診時: 2026年 2点 → 2027年 4点
- 再診時: 2026年 2点 → 2027年 4点
- 訪問診療時: 2026年 3点 → 2027年 6点
カバーされるコストの例
電気代、ガス代、検査委託費、清掃や廃棄物処理の外部委託費、消耗品費など、経営を圧迫するあらゆるコストの補填に充てることが想定されています。
⚠️ 注意:患者様への説明準備 領収書に新しい項目が並ぶため、窓口での問い合わせが予想されます。「国の制度改正により、光熱費や材料費の高騰分を一部補填する仕組みが導入された」ことを説明するポスターや掲示物の準備を推奨します。
5. 【歯科編】具体的な点数と独自の変更点
歯科領域でも、同様に手厚い下支えが始まります。歯科特有の構造に合わせた点数設定に注目してください。
歯科におけるベースアップと初診料の関係
歯科では、ベースアップ評価料の届出状況によって「初診料」自体の点数が変動する設計になっています。
| 区分 | 2026年6月改定 | 2027年6月改定(見込み) |
| 初診料(ベースアップ届出済) | 306点 または 296点 | 330点 または 320点 |
| 初診料(未届けの場合) | 275点 | 278点 |
| 再診料(ベースアップ届出済) | 66点 または 64点 | 71点 または 69点 |
| 再診料(未届けの場合) | 60点 | 62点 |
歯科独自の「物価対応」と「技工士支援」
- 歯科外来物価対応料: 2026年6月より、初診時3点、再診時1点が算定できます。2027年6月にはそれぞれ6点、2点に倍増します。
- 歯科技工士への還元: 歯科技工士の処遇改善を目的とした「ベースアップ支援加算」が新設されました。歯科医療のインフラである技工士を守るための重要な一歩です。
6. まとめ:この改定がもたらす「クリニックの未来」
今回の改定は、単なる数字の書き換えではありません。院長先生がスタッフに「私たちはあなたたちを大切に思っている」というメッセージを伝えるための「対話のチャンス」です。
「ナラティブ(物語)」のある職場へ
採用市場において、単に「月給〇万円」というデータだけでは人は集まりません。この評価料を活用して、
- 「なぜ給与を上げるのか(=皆の頑張りを国とクリニックが認めているから)」
- 「これからどんなクリニックを目指すのか」 というナラティブ(スタッフ一人ひとりの物語)を院長が語ることが重要です。
健全な経営が「安心」を生む
診療報酬による確実な下支えは、経営の安定だけでなく、スタッフのメンタルヘルス不調(不安感やストレス)を未然に防ぐ効果もあります。 正しく算定し、正しくスタッフへ還元する。この誠実な姿勢こそが、「選ばれるクリニック」として地域の医療を守り続けるための、唯一にして最強の道となります。
複雑な制度ですが、その根底にあるのは「医療現場で働く人々を守る」という国の強いメッセージです。この改定をポジティブに捉え、より良い職場づくりへの一歩を踏み出しましょう。




