はじめに
「品質には自信があるのに、なぜ売れないのだろう」
「他社よりサービス内容は充実しているのに、価格の安い会社に負けてしまう」
「丁寧に説明しているのに、お客様がなかなか決断してくれない」
このような悩みを持つ中小企業の経営者は少なくありません。
売れない理由を、商品力や説明不足だけに求めてしまうこともあります。しかし、お客様は商品の性能や価格だけを比較して購入を決めているわけではありません。
実際の購買場面では、
- 安心したい
- 失敗したくない
- 家族に喜んでもらいたい
- 自分を成長させたい
- 周囲から評価されたい
- 面倒なことから解放されたい
- 将来への不安を減らしたい
といった感情が大きく影響しています。
商品やサービスは、お客様が望む感情や未来を実現するための手段です。
したがって、マーケティングで本当に伝えるべきものは、商品の機能だけではありません。
その商品を選ぶと、お客様の生活や仕事がどのように変わるのか
これを具体的に伝える必要があります。
お客様が買っているのは「商品」ではなく「変化」
例えば、住宅のリフォームを考えているお客様がいるとします。
工務店側は、次のような説明をするかもしれません。
- 高性能な断熱材を使用します
- 複層ガラスへ交換します
- 耐久性の高い外壁材を使います
- 施工保証は10年間です
いずれも重要な情報です。
しかし、お客様が本当に求めているのは、断熱材そのものではありません。
- 冬の朝も暖かい家で暮らしたい
- 高齢の両親が安心して生活できる家にしたい
- 光熱費への不安を減らしたい
- 古く見える住宅をきれいにしたい
- 家族が集まりたくなる家にしたい
といった生活上の変化です。
図解① 商品と顧客が求める価値
企業が説明しがちなもの
機能・性能・価格・仕様
↓
商品・サービス
↓
顧客が本当に求めるもの
安心・快適・自信・喜び・将来への期待
人は感情で決め、論理で納得する
購入を検討するとき、人はすべての情報を完全に比較して合理的に判断しているわけではありません。
まず、
「この会社なら安心できそう」
「この商品が欲しい」
「この人に相談してみたい」
という感情が動きます。
その後で、
- 実績が多い
- 保証がある
- 資格を持っている
- 料金も予算内である
- 口コミの評価が高い
といった情報を確認し、自分の選択を納得させます。
図解② 購買決定の流れ
興味・共感・安心
↓
感情が動く
↓
買いたい・相談したい
↓
価格・実績・保証を確認
↓
論理的に納得する
↓
購入・契約
感情だけでは不安になり、論理だけでは心が動かないのです。
両方を組み合わせることが重要です。
具体例① 税理士事務所を選ぶ顧客心理
税理士事務所のホームページで、次のような説明を見かけることがあります。
法人税、所得税、消費税、相続税に対応します。月次監査、決算申告、税務相談を行います。
業務内容としては正確です。
しかし、初めて税理士を探している経営者が抱えている感情は、もっと切実です。
- 税務調査が来たらどうしよう
- 資金繰りが不安
- 今の税理士に質問しにくい
- 経理担当者が辞めてしまった
- 申告期限に間に合うか心配
- 税金だけでなく、労務や補助金も相談したい
したがって、次のように表現すると、顧客心理に近づきます。
税務申告を行うだけではなく、税務調査、資金繰り、給与・社会保険、助成金・補助金まで、経営者が一人で悩まないための支援を行います。
ここで提供しているものは、申告書だけではありません。
経営者が安心して本業に集中できる状態です。
具体例② 飲食店で売っているのは料理だけではない
ある飲食店が、次のように宣伝していたとします。
国産牛を使用したハンバーグ180グラム。特製ソース付き、税込1,500円。
商品の説明としては十分です。
しかし、利用するお客様によって、求める感情は異なります。
家族客
- 子どもと楽しい時間を過ごしたい
- 家族全員が食べられる店を選びたい
- 駐車場や座席の心配をしたくない
仕事中の利用者
- 短時間で満足できる昼食を取りたい
- 午後の仕事を頑張る気分転換がほしい
記念日客
- 大切な人に喜んでもらいたい
- 特別な時間を過ごしたい
同じハンバーグでも、顧客が購入している価値は異なります。
そのため、
家族でゆっくり過ごせる個室をご用意しています。
忙しい日の昼休みに、焼きたてを15分以内でご提供します。
誕生日のお祝いには、メッセージ付きデザートをご用意します。
と伝えることで、お客様が自分の利用場面を想像できるようになります。
具体例③ 製造業でも感情は重要である
「感情で買う」という話は、一般消費者向けの事業だけに当てはまると思われがちです。
しかし、法人取引でも感情は存在します。
例えば、部品加工会社を選ぶ購買担当者は、価格や品質だけでなく、次の不安を抱えています。
- 納期遅延が起きないか
- 不良品が発生しないか
- 上司に選定理由を説明できるか
- 急な仕様変更に対応してもらえるか
- 問題が起きたときに責任を持って対応するか
したがって、単に、
最新の加工機を保有しています。
と伝えるよりも、
進捗を工程ごとに共有し、納期遅延の可能性がある場合は早期にご連絡します。
初回品は検査記録を付け、品質担当者が確認してから出荷します。
と伝えた方が、担当者の不安を減らせます。
法人営業でも、お客様が買っているのは機械加工だけではありません。
取引先としての安心と、社内で責任を問われない状態を買っているのです。
顧客心理を理解するための「3段階」
自社の商品を顧客心理から考えるときは、次の3段階に分けます。
第1段階 機能価値
商品やサービスそのものの機能です。
- 税務申告をする
- 雨漏りを修理する
- 髪を切る
- 部品を加工する
- 食事を提供する
第2段階 実用価値
その機能によって、顧客が得られる具体的なメリットです。
- 申告期限に間に合う
- 雨漏りが止まる
- 手入れしやすい髪型になる
- 必要な部品を納期までに受け取れる
- 空腹を満たせる
第3段階 感情価値
その結果、顧客がどのような気持ちになるかです。
- 経営への不安が減る
- 雨の日も安心して眠れる
- 人前に出る自信が持てる
- 取引先に迷惑をかけずに済む
- 家族と楽しい時間を過ごせる
図解③ 価値の3段階
機能価値
何をする商品か
↓
実用価値
何が便利になるか
↓
感情価値
どんな気持ちになれるか
多くの企業は第1段階しか説明していません。
選ばれる企業は、第2段階、第3段階まで伝えています。
AIDMAで顧客の心の動きを考える
顧客が商品を知り、購入するまでの心理を整理する代表的な考え方の一つがAIDMAです。
- Attention:注意
- Interest:興味
- Desire:欲求
- Memory:記憶
- Action:行動
図解④ AIDMA
注意
会社や商品を知る
↓
興味
自分に関係があると感じる
↓
欲求
利用したいと思う
↓
記憶
必要なときに思い出す
↓
行動
問い合わせ・購入
注意
今年度、正社員化を考えている会社は申請前の確認が必要です。
興味
雇用契約書や就業規則の記載不一致が、不支給原因になることがあります。
欲求
申請前に書類の整合性を確認しておけば、不支給リスクを抑えられます。
記憶
チェックリストや定期的な情報配信で、事務所名を覚えてもらいます。
行動
申請前確認をご希望の方はこちらからご相談ください。
単に「助成金申請を代行します」と伝えるより、経営者の不安に沿って順番を設計した方が行動につながります。
AISASで現代の購買行動を考える
インターネット時代には、顧客が自ら検索し、購入後に情報を共有するようになりました。
そこでよく使われるのがAISASです。
- Attention:注意
- Interest:興味
- Search:検索
- Action:行動
- Share:共有
具体例 リフォーム会社を探す場合
SNSで施工事例を見る
↓
興味を持つ
↓
会社名や地域名で検索する
↓
ホームページ・口コミを確認する
↓
現地調査を依頼する
↓
完成後に口コミを投稿する
顧客は広告を見た後、
- ホームページ
- Google口コミ
- SNS
- 施工事例
- 代表者や担当者の情報
- 料金
- よくある質問
などを確認します。
つまり、顧客心理マーケティングは、広告文だけの問題ではありません。
顧客が不安を感じる場所に、必要な情報を用意する経営活動です。
有名企業の具体例
Appleが売っているものは「機械」だけではない
Appleの商品は、性能や機能だけで説明されているわけではありません。
利用者が商品を使っている場面や、商品によって実現できる生活を想像させます。
- 創造的な仕事ができる
- 大切な瞬間をきれいに残せる
- 洗練された製品を持つ満足感を得られる
- 機器同士が連携し、面倒な作業を減らせる
顧客はスマートフォンやパソコンという物体だけではなく、便利さ、創造性、所有する喜び、ブランドへの共感も購入しています。
中小企業がAppleと同じ広告費を使うことはできません。
しかし、「商品の仕様だけでなく、利用後の変化を伝える」という考え方は、どの企業でも実践できます。
中小企業の具体例
採用に悩む介護事業所の改善例
ある介護事業所が、求人情報に次のような内容を掲載していたとします。
- 月給
- 勤務時間
- 休日
- 資格手当
- 仕事内容
必要な情報は掲載されていますが、応募者が抱える不安には十分答えていません。
介護職の応募者は、次のようなことを気にしています。
- 人間関係は良いか
- 残業は多くないか
- 未経験でも教えてもらえるか
- 急な休みに対応してもらえるか
- 利用者との関係を大切にしているか
- 長く働ける職場か
そこで求人ページに、
- 入社後1か月間の教育内容
- 職員同士の役割分担
- 有給休暇の取得事例
- 子育て中の職員の働き方
- 先輩職員のインタビュー
- 管理者が職員に対して大切にしている考え
を追加します。
給与条件を変えなくても、応募者の不安が減り、職場の魅力が伝わりやすくなります。
これは採用マーケティングにおける感情価値の活用です。
感情に訴えることと、感情をあおることは違う
顧客心理を利用すると聞くと、「お客様を誘導する」「不安をあおって売る」という印象を持つ人もいるかもしれません。
しかし、本来の顧客心理マーケティングは、顧客を操作するものではありません。
顧客が抱えている不安や期待を理解し、適切な判断材料を提供することです。
避けるべきなのは、次のような方法です。
- 必要以上に恐怖をあおる
- 実際にはない緊急性を演出する
- 効果を誇張する
- デメリットを隠す
- 誰にでも適しているように見せる
- 顧客が冷静に考える時間を与えない
短期的に売上が上がったとしても、信頼を失えば、口コミ、リピート、紹介が減少します。
中小企業にとって重要なのは、一度売ることではなく、長く選ばれ続けることです。
AI時代では「似た説明」が増える
生成AIを使えば、商品説明、広告文、ブログ記事を短時間で作れるようになりました。
その一方で、どの会社の文章も似た表現になりやすくなっています。
例えば、
- お客様に寄り添います
- 地域密着で対応します
- 高品質なサービスを提供します
- 丁寧で迅速な対応を心掛けます
という言葉だけでは、会社ごとの違いが分かりません。
AI時代に必要なのは、抽象的な美しい文章ではなく、具体的な経験です。
抽象的な表現
お客様に寄り添った丁寧な支援を行います。
具体的な表現
初回相談では、現在困っていることを優先順位順に整理し、今すぐ対応する事項と、今後検討する事項を分けてご説明します。
後者の方が、利用する場面を想像できます。
AIには文章の整理を手伝ってもらい、企業側は、
- 実際にどのように対応しているか
- お客様から何を聞かれるか
- 失敗を防ぐため何をしているか
- どのような考えで仕事をしているか
を加えることが重要です。
中小企業診断士からの実践アドバイス
商品やサービスを説明するときは、次の3つをセットで考えてください。
1.何を提供するか
商品の機能、サービス内容です。
2.何が変わるか
時間短縮、費用削減、売上向上、問題解決などです。
3.どのような気持ちになれるか
安心、自信、喜び、誇り、解放感、将来への期待などです。
例えば、給与計算サービスであれば、
給与計算を代行します。
だけでは機能説明です。
次のように変えます。
複雑な給与計算や社会保険の確認を任せることで、締切前の不安を減らし、経営者と担当者が本来の業務に集中できる状態をつくります。
このように、顧客が得られる変化と感情まで伝えます。
ワンストップ君のワンポイント
🐶 「商品を説明する前に、お客様がどうなりたいかを考えよう!」
お客様が欲しいのは、商品そのものだけではありません。
- 安心して眠れる
- 家族に喜んでもらえる
- 仕事に集中できる
- 失敗を避けられる
- 将来に希望が持てる
その未来を具体的に見せることが、選ばれる説明につながります。
自社に当てはめる実践ワーク
ワーク1 機能価値を整理する
自社の商品・サービスは、何を提供していますか。
当社は、
「 」
を提供しています。
ワーク2 実用価値を整理する
利用すると、顧客の何が便利になりますか。
当社の商品・サービスによって、顧客は
「 」
ことができます。
ワーク3 感情価値を整理する
その結果、顧客はどのような気持ちになりますか。
顧客は、
「 」
という安心・喜び・自信を得られます。
ワーク4 顧客が感じている不安を書き出す
この不安に答える情報が、ホームページ、営業資料、SNS投稿、動画のテーマになります。
業種別・感情価値の具体例
| 業種 | 提供する商品・サービス | 顧客が求める感情価値 |
|---|---|---|
| 工務店 | 修理・リフォーム | 家族が安心して暮らせる |
| 税理士 | 税務・会計支援 | 税金や資金繰りの不安が減る |
| 社労士 | 労務管理 | 労使トラブルを防ぎ安心して雇用できる |
| 美容室 | カット・カラー | 自分に自信を持てる |
| 飲食店 | 料理・接客 | 家族や友人と楽しい時間を過ごせる |
| 介護事業所 | 介護サービス | 家族を安心して任せられる |
| 製造業 | 部品・加工 | 納期と品質への不安を減らせる |
| 不動産会社 | 売買・賃貸支援 | 大きな決断を安心して進められる |
| 採用支援 | 求人・面接改善 | 必要な人材を確保できる希望を持てる |
| 行政書士 | 許認可・在留手続 | 複雑な手続を漏れなく進められる |
今日のチェックリスト
- 商品の機能だけでなく、利用後の変化を説明している
- 顧客が抱えている不安を把握している
- 「安心」「自信」「喜び」などの感情価値を言葉にしている
- お客様が利用場面を想像できる具体例を入れている
- 感情だけでなく、実績・料金・保証などの根拠も示している
- 恐怖や不安を必要以上にあおっていない
- 業界用語ではなく、顧客の言葉で説明している
- AIの文章に、自社の経験や対応方法を加えている
- 購入前に顧客が確認する情報を用意している
- 契約後に実現する未来を具体的に伝えている
経営者への宿題
自社の商品やサービスについて、次の文章を3種類作ってください。
当社のサービスは、
「 」を提供することで、
お客様の「 」という悩みを解決し、
「 」という気持ちや未来を実現します。
例:工務店
当社の断熱リフォームは、窓や壁の断熱性能を改善することで、冬の寒さと光熱費への不安を減らし、家族が一年を通して安心して暮らせる住まいを実現します。
例:税理士事務所
当事務所の月次支援は、数字を早期に把握して経営課題を整理することで、資金繰りや納税への不安を減らし、経営者が安心して次の投資を判断できる状態をつくります。
例:介護事業所
当事業所の介護サービスは、ご本人の生活習慣とご家族の希望を確認した支援を行うことで、介護を一人で抱える不安を減らし、ご家族が安心して生活を続けられる環境をつくります。
まとめ
お客様は、商品やサービスの機能だけを購入しているのではありません。
商品を使った先にある、
- 安心
- 喜び
- 自信
- 快適さ
- 解放感
- 将来への期待
を購入しています。
企業が説明すべきなのは、「何を売っているか」だけではありません。
何を提供するのか
↓
顧客の何が変わるのか
↓
どのような感情や未来を得られるのか
顧客の感情を理解することは、顧客を操作することではありません。
顧客が何に悩み、何を不安に思い、どのような未来を望んでいるかを理解し、正しい判断材料を提供することです。
これが、売り込まずに選ばれるマーケティングの出発点です。




